

壁画のトマスには頭髪の描写がよく残されています。青い空の背景にかなり力強い筆致で描かれているのが特徴的です。最後の晩餐における使徒達の頭髪の描き方を考える際に基準として参考にできる部分になります。ここでのレオナルドの筆致は迷うことなく一気に描いており、こういった巻き毛の描写にはレオナルドの絶対的な自信が感じられます。
トマスの表情は最後の晩餐の中で最も難しい描写となります。多くの複製画ではこのトマスの表情は醜い猿のように描かれているものが大半でレオナルドが描いたであろう優雅さや気品を兼ね備えた表情で描かれているものが存在していません。そのためトマスの表情の再現には非常に時間のかかる作業となります。
トマスの手の素描ウィンザー城コレクションにはトマスのための手の素描が残されています。
赤チョークで描かれた素描は指の関節の皺の写実性などから実在の人物からデッサンされたような特徴が見られます。しかし、レオナルドはこういった生々しい表現を絵画に描きこむことはそれほど好みではなく、多くの場合、優雅さや美しさに焦点を当てて描いていると感じます。
壁画のトマスは微かな陰影で表情がかろうじて復元されています。
この辺りの手際の良さにもピニン・ブランビッラ氏の絵画センスの高さが伺えます。
トマスの頭部の復元。
トマスは中央イエスのすぐ横に描かれていることもありその表情をどのように描くのか大変悩む部分になります。
ほんの少し表情を変えるだけで全体の印象が大きく損なわれてしまいかなりの試行錯誤を必要とします。
トマスの手の復元。
トマスの右手の復元にはレオナルドの描いた洗礼者ヨハネの指の描き方と岩窟の聖母の天使の指を参考に再現しています。
この天を指差すポーズはよほどレオナルドのお気に入りだったのか、最も初期の絵画である三賢王の礼拝から最晩年の洗礼者ヨハネまで一貫して採用し続けたポーズとなっています。
左手に関してはウィンザー城コレクションの素描を基に復元しています。





レオナルドの指の描き方は年代によって少しづつ変化していきます。
特に初期の段階では指の関節をしっかりと描く傾向があります。指も細く長めで反るように曲げられるなど華奢で繊細な感じのする表現となっています。しかし、年代が下がるにつれ指に丸みが加わり指の曲げ方もゆるやかとなって全体的に柔らかな表現へと変化していきます。
この左側の洗礼者ヨハネの指は最晩年の描写でかなり柔らかみが見られるような表現です。しかし、最後の晩餐が描かれた時期のレオナルドの指の表現はまだ初期の特徴が強い時期のものになります。そのためトマスの指の描き方に関しては岩窟の聖母に描かれている天使の指を参考に復元しています。


トマスの顔にはインド人的な特徴を持たせようと描かれている部分があります。厚い唇、褐色の肌などがその例です。そう描かれる理由はトマスが最終的にはインドまで布教したという伝来に基づいているからなのですがトマス自身はインド人ではないので少し不思議な感じもします。
ただ、このインド人的特徴といった点がトマスの表情の復元を難しいものにしています。複製画でのトマスの表情がかなり程度が低く参考にできるものがほとんどないためです。


壁画でのトマスの足は完全に失われています。現在の最後の晩餐では軒並みこのテーブルから下の部分の保存状態が悪いのですが、このトマスの足に至っては良いとか悪いとかのレベルではなく存在そのものが全くなくなっているのでどうにもならない部分となります。
復元というより完全な新たな創作となります。
http://leonardoresearch.jp/ August 24 2014