

タダイの保存状態はシモンよりは幾分良好と言えます。シモンの場合、頭部はほぼ空白状態ですが、タダイには幾らかの描画層が残されています。顔の表情に関しても目鼻立ちの輪郭が残されており、タダイの顔の特徴が判読できます。
しかし、これらの輪郭はレオナルドが描いたそのままの状態で残っているものではありません。壁画に見られるタダイの目鼻立ちの輪郭は修復士によってによって加えられた補筆部分になります。
タダイのこうした補筆部分にはこの壁画の修復を任されていたピニン・ブランビッラ氏の苦心の跡が感じられます。
単純にレオナルド以降の加筆部分を全て取り除いた場合、シモンのようにむき出しの壁面が現れるだけで修復というより絵画の破壊そのものになりかねません。彼女は彼女なりにこの最後の晩餐の修復をどのような方向性で進めるかをこのタダイの修復で見つけようとしています。
その一つの答えがこのタダイの顔の輪郭のごく僅かな補筆です。洗浄修復だけでは何が描かれていたのか全く判読できないタダイの表情を必要最小限、ぎりぎりの加筆で復元しています。
この加筆部分を見ると彼女が優れた修復士というだけではなく、非常に優れた画家でもあることがわかります。
現在の壁面に残されているタダイの輪郭はピニン・ブランビッラ氏のセンスによるものかもしれませんが非常に素晴らしいと感じます。
かすかな陰影ではありますがレオナルドの作風が感じられます。
最後の晩餐の修復はイエス・キリストまでの右半分ををピニン・ブランビッラ氏が、左半分をピニン・ブランビッラ氏を除くチームで行われており、完成度の違いが一目瞭然です。
タダイの復元で一番苦心したのはタダイの髪の毛の色です。
単純な真っ白ではなくグレーがかった灰色で再現しています。
顔の表情に反し、タダイの衣服の描写は保存状態が良くありません。
ほとんどの部分が壁面むき出しの状態となっています。
現在の壁面からは何の情報も得られないためタダイの衣服の復元には複製画の情報をもとに復元することになります。
壁画からは判読できませんが使徒達の襟元には刺繍による装飾が描かれていました。
タダイの緑色のマントも壁面には全く何も残されてはいません。
衣服の衣紋は複製画を参考にし、色の再現にはレオナルドの岩窟の聖母の天使のマントを参考にしています。
タダイの手の表情はレオナルドが最後の晩餐のために準備した素描に描かれているポーズと全く同じです。
このタダイの辺りまではレオナルドが初期の構想のまま壁画の制作を進めていることがわかります。
最後の晩餐でレオナルドは画面右端のシモンから描き始めています。なぜそのようなことがわかるのかというと、レオナルドが最後の晩餐のために準備した素描と実際の壁画ではこの右端部分だけが一致するからです。そして徐々に左に描き進むにつれ、当初の計画とは違った構図で描かれていきます。そしてイエス・キリスト以降になると当初の構図は全く破棄されてしまい、完全に描き直されて別な構図となってしまいます。
また、使徒達の衣装に関しても変化が見られます。このシモンとタダイは衣服の袖の部分がラッパ状の開いた構造となっていますが、その後の使徒達では袖の描写は手首のところでしっかりと締められています。
このシモンとタダイのラッパ状の袖の描写はレオナルドの準備デッサンでは使徒達全員に見られる特徴で、レオナルド以前に描かれた最後の晩餐でもよく使われている伝統的な古典的衣装と言えます。そうした古臭い描写を嫌ったのか、レオナルドは途中から使徒達の衣装を変更していくのです。


