受胎告知 レオナルドの痕跡

レオナルドの受胎告知

 

この時期のレオナルドはヴェロッキオ工房で働いていた時代で、画家として独立していたわけではありません。

よくこの受胎告知はレオナルド作と紹介されていますが、実際には制作を補助した立場であって、主導的に制作を任されていたわけではありません。この絵の場合、正しくは ヴェロッキオ工房作とかロレンツォ・ディ・クレディ(仮定)作と呼ばれるべき作品です。

そして一体どの部分をレオナルドが描いたのかを示したのが上の画像です。

レオナルドが担当している部分は主に背景部分と前景の草花、そして聖母マリアと天使の衣服の彩色です。
このように、背景部分を担当している時点でこの絵の制作に携わっている画家の中では序列的には最下位的な立場にあります。

当然、この絵を一体どのように制作するかをレオナルドは決定する立場にありません。
この絵の中ではレオナルドは単なる制作補助員でしかないのです。

 

 

Annunciation

 

受胎告知

Oil and tempera on poplar, 100 x 2215 cm Florence, Galleria degli Uffizi, Inv. 1618


この絵の最初の印象は予想よりもかなり大きいという点です。隣に展示されていたキリストの洗礼や三賢王の礼拝にも引けを取らない十分な存在感があります。

絵の横幅に十分なサイズがあるため画面の中の人物も実に入念に描かれており、細部にわたって丁寧に仕上げられた画面はルネッサンス期を代表する工房の作品のレベルがいかに高かったのかを証明してくれます。

この絵でレオナルドはいつものように背景部分を任されています。

ただ、この背景部分でも糸杉のような木立は別の画家の手になるもので、ギルランダイオの作品にしばしば描かれている背景の木立と系統的には同じものです。おそらくはギルランダイオの関与が少なからずあったとみてよいでしょう。

レオナルドが担当した受胎告知の背景部分はキリストの洗礼の背景と比べると幾分描き方がこなれてきており、若干の上達が感じられます。特に遠方の山々の空気遠近法で描かれた部分は以前よりも存在感が増しており、背景描写の中での扱いが大きくなっています。

このような背景の描き方から見て、おそらくこの絵はキリストの洗礼より後に描かれた作品である可能性は高いと思います。

そして背景部分を完成したレオナルドは次に前景の草花の部分を担当したと思われます。

この部分の描き方はレオナルド特有の描き方で、特に植物の葉の描き方に特徴があります。レオナルドは植物の葉を描く際には、葉の輪郭を鋭く切るような筆致の線で描き、葉の内側に影を描くことで葉に立体感を持たせようとしています。この描き方は約10年後に描かれた岩窟の聖母でも顕著に現れており、レオナルドが植物を描く際には実物を写した写生ではなく、自身の概念で描いていることを証明しています。

ただ、この受胎告知のレオナルドの植物の描き方はまだ手探り的な描き方で、試行錯誤の段階にあると言えます。

次に衣服の描写に関してですが、聖母マリアの黄色い衣服と天使の緑色の衣服の描写に関しては岩窟の聖母との類似性が強いためレオナルドが描いたとみて間違いないでしょう。おそらくレオナルドはこの受胎告知を描いた時には既にこういった衣服の描き方を完全に確立していたと考えられます。

しかし、その他の衣服の描写に関しては誰がどこを描いたのかという点については正直、判断が難しいと感じます。

あえて判断するなら、天使の赤い衣服、聖母マリアの青い衣服に関しては純粋なテンペラではなく、テンペラと油彩の混合技法、もしくは油彩が使われていることからレオナルドによって描かれたと考えるのが妥当で、それ以外の聖母マリアや天使の上半身の衣服に関しては、ほとんどがテンペラで描かれているのでレオナルド以外の画家によって描かれた可能性が高いというのが妥当なのかもしれません。

そして次に聖母マリアの頭部に関してなのですが、私はこの部分に関してはロレンツォ・ディ・クレディによって描かれていると考えています。理由は聖母マリアの顔の表情がロレンツォ・ディ・クレディの描く女性の表情と酷似しているからです。特にウフィツィ美術館が所蔵しているもう一つのロレンツォ・ディ・クレディ作の「受胎告知」の聖母マリアの表情とはかなりの類似点があります。それ以外の作品ではウフィツィ美術館が所有しているロレンツォ・ディ・クレディ作の「ヴィーナス」の女性の顔の表情もかなり特徴が似ています。

このように、聖母マリアの頭部に関してはロレンツォ・ディ・クレディの描画の可能性が高いでしょう。しかし、天使の頭部に関しては若干様相が変わってきます。

この天使の頭部は顔や髪の毛の部分が聖母マリアの頭部の描き方とは違う部分が気になります。聖母マリアの頭部はテンペラ画的な筆致なのですが、この天使の頭部は油彩画のような筆致となっています。髪に毛の描き方も聖母マリアよりハイライトの入れ方が繊細です。そして何より巻き毛の描き方にかなりのセンスがあります。

こういった特徴から天使の頭部はレオナルドが描いたと私は考えています。

そして、最後の問題が天使の翼に関してなのですが、私はこの天使の翼もレオナルドが描いたのではないかと考えています。

理由はロレンツォ・ディ・クレディが描いたもう一つの受胎告知では天使の翼は伝統的な装飾性の強い色彩で翼が描かれているからです。この伝統を重視、尊重する慎重な制作姿勢がロレンツォ・ディ・クレディの特徴とも言え、この受胎告知に見られる写実的な翼を描くという革新的な姿勢はやはりレオナルド的な個性を感じるからです。

そしてもう一つ付け加えるとしたら、レオナルドの鳥に関する関心の高さです。

レオナルドは自身の手記の中でも鳥の飛翔に関して詳しく述べています。この鳥に関する関心の高さをいつ頃から持ち始めたのかはわかりませんが、こういった天使の翼を描くといった画家としての必要性から研究を始めた可能性は大いにあり得るのではないかと感じます。

そうした鳥の翼に対する関心の高さがこの受胎告知の天使の翼の描写にも影響しているのではないかというのが私の考えです。

 

 

 

 

 

The Uffizi Gallery Museum


The Uffizi Gallery Museum
Piazzale degli Uffizi, 50122 Firenze
Phone: +39 0552388651
Fax: +39 0552388694
Email: direzione.uffizi@polomuseale.firenze.it