
壁画のヨハネの保存状態はかなり深刻です。
顔の部分では額の髪の生え際部分に微かにレオナルドが描いた描画層が残されているのみで、その他の部分はごく小さな断片だけが点在している状態です。目、鼻、口元、頬からアゴにかける輪郭など、ヨハネの表情を決める重要な部分にもレオナルドの描画層は存在していません。
現在ヨハネの顔に見える部分は修復士が予想に基づき再現した部分であり、何らかの具体的な根拠に基づくものではありません。そのため信憑性としては非常に低いものと言わざるをえません。
例えば、ヨハネの顔の輪郭も修復士により再現されている部分になりますが、この再現されたヨハネの顔が少し小さすぎるのではないかと感じます。ヨハネだけだと気付きませんが他の使徒と顔の大きさを比べるとかなり不自然な大きさであることに気づきます。
さらに決定的に酷い部分がすぐ隣のペテロの顔の輪郭で、多くの複製画で描かれているペテロの輪郭とは全く違う描写となっています。
明らかに輪郭の再現に失敗している部分と言えるでしょう。
こうした輪郭の再現に信憑性を疑う部分は壁画の画面左側に多く見受けられます。その原因はこのヨハネの修復からは修復の責任者であったピニン・ブランビッラ氏の関与が大きく減ったためではないかと私は想像しています。
なぜ彼女が最後の晩餐の修復作業に大きく関与しなくなったのかですが、おそらくは修復の完成を急いだミラノ芸術財、歴史財保存監督局による意向だったのでしょう。
1977年からピニン・ブランビッラ氏により修復が開始された最後の晩餐は1993年の時点でようやくイエス・キリストの修復を終えた状態でした。画面半分で16年程かかっているので単純に計算すると修復が完成するのは2010年頃となります。
この修復が完成する2010年をミラノ芸術財、歴史財保存監督局は待ちきれなかったのでしょう。結局、最後の晩餐の修復が完成するのは1999年です。2000年までしか待てないといった意向があった可能性は高いでしょう。
そしてもう一つの理由は、このヨハネが修復されていた時期には彼女はすでに70歳近い高齢ともなっていた点にあります。あの広い食堂跡の空間で冬場に一人で壁の前で修復作業することは彼女の体力的にも限界があったことは容易に想像できます。年齢的に最後の晩餐を最後までやり遂げることを断念し、後生の育成に重点を置いたというのも自然な成り行きだと言えるでしょう。





衣服の紫色の再現

ヨハネの衣服は青い下塗りの上に赤い顔料でグレーズされて紫色に仕上げられていたことが確認されています。
ジャンピエトリーノの複製画ではこの紫がかなり濃く、暗い濃紺のような色彩を見せています。
一方、ヴァチカンのタペストリーでは赤のグレースが効きすぎたような色彩となっています。
ヴァチカンのタペストリーの場合、糸による刺繍なので使われている顔料が染料系の顔料になり、退色が激しいので元の色がどのようなものであったのかについては判断が難しい部分があります。
ヴァチカンのタペストリー、ヨハネ頭部
ヨハネの髪の毛は豊かな巻き毛で描かれていました。一見するとこういった髪の毛の描写に関してはジャンピエトリーノの複製画の方が油彩画ということもあって参考になりやすいと思えるのですが、実際には多くの省略で簡略的に描かれている場合が多く、それほど参考にはならない点があります。
反対に、ヴァチカンのタペストリーは刺繍ということもあって細密な描写には向かない気がするのですが、実際には輪郭を忠実に再現しようと努力しているため描かれていたものの形態がどのようなものであったのかを検証する際には重要な資料となります。
1652年にイエス・キリストの真下に通路を設けるため壁の一部に穴が開けられました。
この通路のためにイエス・キリストの足やヨハネの足、テーブルの一方の脚が完全に失われてしまいます。
テーブル下の復元
ヨハネの脚の復元 部分拡大
ウィンザー城コレクションにはレオナルドによるヨハネの手のデッサンが残されています。
このデッサンを壁画に重ねてみるとかなり輪郭がずれていることがわかります。また、複製画などでも同様で、レオナルドは必ずしも正確にこのデッサンを画面に映した訳ではありませんでした。





http://leonardoresearch.com/ August 10 2014